第19回 どこかで春が

春の到来を告げる京都堀川 元誓願寺橋たもとの満開の雪柳 撮影 三和正明

春の到来を告げる京都堀川 元誓願寺橋たもとの満開の雪柳 撮影 三和正明

 

 今日から3月、待ちに待った春の季節の始まりではありますが、まだまだ冬の寒さが色濃く残り、春を実感するにはやはり春分の日を待たねばなりません。

 が、その「待たれる心」の中にこそ、日本の季節感がかぐわしさを放ちます。季節が移ろう気配、じっとその到来を待っていた季節がいよいよ胎動を始め、まさにその始まりを告げようとする瞬間。それはちょうど人形浄瑠璃や歌舞伎の開幕直前に入る柝(き)の響きにも似て、人々の心を躍動させます。これぞ日本の季節の到来ならではの醍醐味であり、ワクワク感ではないでしょうか。

 そんな光景を見事に歌い上げた名曲の一つが、百田宗治作詞・草川信作曲によって大正12年に発表された小学唱歌「どこかで春が」です。

どこかで春が生まれてる    どこかで水が流れ出す
どこかでひばりが鳴いている  どこかで芽の出る音がする
山の三月 東風(こち)吹いて どこかで春が生まれてる

 

 何という鋭い自然への嗅覚でしょうか。何という見事な春への予感でしょうか。何という素晴らしい情景描写でしょうか。何という美しい日本語でしょうか。だからこそ言いたいのです。こういう歌詞の中に、今、使わない難しい単語があるからといって、決してそれを今風のやさしいが似て非なる言い方になど変えないでほしい。東風をたとえば「そよ風」などとは絶対に置き換えないでほしい。幼い小学生にこの歌を教える時に、「東風」という美しい言葉をぜひ一緒に教えてあげてほしい。その時の先生の言葉が、やがて万葉集や古今・新古今を習う年齢となったその子の心の中に、その時の授業風景とともに鮮やかに蘇り、古典の味わいを鑑賞する上での懐かしい思い出として深く心に刻み込まれ、輝きを放ち、間違いなく美しいこの国の言葉に強い共感を覚えるようになるのですから。

 そんな思いでかつての小学唱歌を振り返ってみると、作詞者が精魂を込めて生み出した字句や単語が、平気で現代用語に置き換えられたり、似て非なる情景描写にすりかえられ、原作者がこだわった言葉の響きや奥行き、味わい深さや、時には肝心の主題の時期や意味までもがすっかり変えられてしまったような実例に遭遇することがあります。

 代表的な文部省唱歌の一つ「春の小川」は、まさにそのケースに当てはまるものでした。ウィキペディアによれば、1912年に発表された原作は、国民学校制度に移行した1942年と、戦後の1947年の2回に亘って次のように変更された、とあります。

【1912年 原作版】
1.春の小川はさらさら流る  岸のすみれやれんげの花に
  にほひめでたく、色うつくしく 咲けよ咲けよと、ささやく如く

2.春の小川はさらさら流る  蝦やめだかや小鮒の群に
  今日も一日ひなたに出でて、遊べ遊べと、ささやく如く

3.春の小川はさらさら流る  歌の上手よ、いとしき子ども
  聲をそろえて小川の歌を  うたへうたへと、ささやく如く

【1942年 改作版】
1.春の小川はさらさら行くよ  岸のすみれやれんげの花に
  すがたやさしく、色うつくしく 咲いているねとささやきながら

2.春の小川はさらさら行くよ  えびやめだかや小ふなのむれに
  今日も一日ひなたでおよぎ、  遊べ遊べとささやきながら

3.3番の歌詞は削除された

【1947年 改作版】
1.春の小川はさらさら行くよ  岸のすみれやれんげの花に
  すがたやさしく、色うつくしく 咲けよ咲けよとささやきながら

2.春の小川はさらさら行くよ  えびやめだかや小ふなのむれに
  今日も一日ひなたでおよぎ   遊べ遊べとささやきながら

 こうした改定が行われた結果、いつの時代にこの歌を習ったかによって、覚えている歌詞が異なり、多くの家庭で「いや、そこはそうじゃないでしょう」「だって教科書にはこう書いてあるんだもん」と言った会話が、親子間や時に兄弟・姉妹間で交わされるようにもなりました。

 文語体を口語体に変えることで親しみやすくはなったとしても、オリジナルの醸し出すニュアンスが変わってしまっては、せっかくの名作の魅力は損なわれてしまいます。加えて、その意味までもが損なわれてしまっては大問題だと言わねばなりませんが、不幸にも1942年に改作された際に、その懸念が現実のものとなりました。

 原作の1番の歌詞が表現しようとしたのは、「小川が、岸のすみれや蓮華の花に、匂いめでたく色美しく咲きなさいよ、とまるで囁いているかのように、流れています」と言うものでしたが、1942年の改作では、「小川が、すみれやれんげの花に向かって、姿やさしく色美しく咲いてますね、と囁きながら流れて(厳密には「行って」)います」と言う表現に変えられました。つまり、原作では、小川が、これから咲こうとする花々に対して、咲くのなら最高の状態で咲きなさいよ、とささやいているかのように流れている、と描写されているのに対して、1942年版では、花々が既に最高の状態となって咲いているのを見た小川が、「きれいに咲いていますね」とささやきながら流れている、という情景描写に変更され、原作の意図とは全く別の光景にすり変えられてしまっているのです。

 戦後、さすがにこの改定はまずいと思ったのか、原作と同じ「咲けよ咲けよと」と言う命令形に戻されましたが、そのあとに続く原作の「ささやく如く」という歌詞は、あとの2回の改定版では「ささやきながら」と変えられてしまっており、ここでもその意味は大きく変更されてしまいました。原作では、この光景を見ている人の主観として、小川が囁いているかのように(如く)、流れている、と感じたという表現となっているのに対し、2度に亘る改定版では、小川自身が実際に囁やきながら流れているという擬人表現に変えられており、原作とは、意味もニュアンスも全く違ったものに変えられました。

 同じく注目すべき違いが2番の歌詞の中にもあります。原作では、小川の生き物たちがそれまで川草の下に寄り集まって寒さを凌いでいたからこそ「ひなたに出てきて遊びなさい」という表現になっているのですが、2度の改定版では、既にひなたがすっかり春のそれになってしまっていて、そのもとで泳いで遊びなさい、という描写になってしまっています。原作の「出でて」という表現には、寒い時期に水草の陰などでじっと寒さに耐えていた魚たちが、ようやく温みだした小川の水の変化を感じ取っていることへの、作者の暖かいまなざしが込められていることを見逃すわけにはまいりません。

 私が、敢えてこうした細かい描写の違いにこだわっているのは、この歌が春のどの時期のことを歌っているのか、ということと、実際にこの光景を見ている原作者の存在が想定されているのか否か、という2点において、原作と改作との間に大きな違いが感じられるからなのです。

 原作では、今から咲こうとする花々の状態や、ようやく日が差し込みだした小川のひなたの部分に出ておいでと言われているエビやめだかたちの様子から、早春の小川の雰囲気がひしひしと伝わってくる表現となっているのに対し、1942年の改作版では、すでに最高の状態で岸辺の花々が咲き、ひねもす日向で泳いでいるエビやめだかたちの雰囲気からも、春爛漫の情景が描かれた表現となっています。

 また、作者の立ち位置と言う点でいえば、原作では、水ぬるむ小川が実際には何もささやくことなく流れているにも関わらず、それを見ている作者が、あたかもささやいているかのように流れている小川の雰囲気を感じとっているのに対して、二つの改作版では、小川が実際に「ささやきながら」流れていると断定してしまっています。一見酷似した光景ではありますが、そのいずれなのかによって、私には、肌に感じる春の風合いが違ってくるように思えてならないのです。

 一方、面白いと思ったのは、戦時色濃厚となった1942年の改定版の1番の歌詞の最後が、原作での「咲けよ咲けよとささやくごとく」という命令形から一転して「咲いているねとささやきながら」という実にやさしい表現に変えられている点です。軍国的命令口調が跋扈しはじめていたであろうと思えるこの時期に、敢えて原作での命令口調を掻き消す改定を実施した改作者の心意気がここで表出されたのだとすれば、なかなか味なことをやったもんです。が、それが平和日本になった1947年版では、またぞろその部分を命令口調に戻しているのも不思議というか、それでいて原作のように「ささやく如く」とはせずに、相変わらず「ささやきながら」を継承してしまっている中途半端さに、変える以上は徹底的にこだわってくれよ、と言いたい気持になりました。

 いずれにせよ、原作者ほど、全体のトーンと微細な表現にこだわって作品を完成させている人はいないわけですから、今では用いられていない言葉があるからと言って、それを安易に現代用語に置き換えてしまって、せっかくの言葉のニュアンスや味わいを台無しにしてしまっては、元も子もありません。むしろその音楽を教える時に、その原語の意味や用例などに時間をかけ、子供たちに、そうした世界があるのだという思いを感じ取らせたうえで、心をこめてその一曲を歌わせるというような教育方法こそが、古い名曲を教えるうえでは何よりも大切なのではないか、と感じ入った次第です。

 まあ、そんなことを頭の中であれこれ考え、疑問に感じ、批評し、憤慨しようがしまいが、春は、間違いなく忍び寄り、やがて根こそぎその空気感までをも変えてしまうという、圧倒的な季節力、大自然力を目の当たりにしてしまえば、所詮、人間の浅知恵やチマチマした感性など、小さい、小さい、ということなのでしょうね。

(平成27年3月1日 記)