堀川今出川異聞(1)

いわき 雅哉

 

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東海道新幹線の車窓から何度も仰ぎ見た霊峰富士の勇姿  撮影 三和正明

ことの起こり(1)

「あれからもう5年になるのか」
五月晴れの日差しがまばゆい東京の空を仰ぎながら、柾樹はぽつりとつぶやいた。
5年前のあの日の京都にも、同じように明るい陽光が朝から市中に満ち、柾樹は心ときめかせながら御所の宜秋門へと向かっていた。
「まさかこの俺が京都であんな日々を送ることになろうとは・・・」
 柾樹の脳裏に、あの頃の不思議な日々と光景が鮮やかに甦ってくる。わずか2年間の京都逗留ではあったが、その濃密な古都暮らしの中で次々と沸き起こった不思議な出来事を、柾樹は、まるで昨日のことのように思い起こしていた。 

 ことの起こりは、柾樹が7年間に亘る大阪での単身赴任にようやく終止符を打った5年前の春に遡る。

 もともと柾樹こと淡見柾樹(あわみ まさき)は、大阪生まれ・大阪育ちの浪花っ子だが、会社勤めが始まってからは東京勤務が長くなったため、終の住処も東京に定めた。が、そんな柾樹の企業人としての最後の任務は、皮肉にも生まれ故郷の大阪での仕事となった。爾来、山あり谷ありの7年間、大阪での単身勤務を何とか全うし、あと3ケ月で無事現役を引退、家族の待つ東京に帰る日を迎えるまでになっていた。

 振り返ってみれば、ここに至るまでの柾樹の日々は、自分が住む場所を自分で決めたことのない転勤人生の繰り返しだった。辞令一枚で見知らぬ赴任地にそそくさと移り住んでいく生活の連続に、最初は行動を共にしてくれた家族もやがてそのまま東京に留まるようになり、遠隔地への柾樹の転勤は単身赴任が当たり前になっていった。

 かくして柾樹は、単身先の大阪から自宅のある東京に帰る時は、車窓の左にそびえる富士山に「これから自宅に帰ります。家族との束の間の団欒を楽しんできます」と少し心を躍らせて語りかけ、逆に霊峰を右に見ては「今から単身寮に戻ります。次に家族の元へ帰れる日は多分来月です」とそっと声をかけ続けてきた新幹線往復紀行を、この7年もの間、倦むことなく重ねてきた。

 長かったそんな日々もあと3ケ月で終わりを告げ、もう単身先に引き返すこともなく東京の自宅に帰り切ることができるのだという喜びと安堵の思いが、柾樹の胸のうちで日々大きく膨らんでいった。

 ところが、それから半月ほど経った頃、柾樹の耳元に不思議な声が聞こえてきた。

 長かった単身生活を終え、終の棲家としていた東京の自宅に帰ることを当然の帰結だと考えていた柾樹に、その声はこう囁いたのだ。

― お前は、まもなくやってくる退職を機に、東京の自宅にまっすぐ帰ろうとしているようだが、それでは辞令一本で条件反射的に行動を起こしてきたこれまでの転勤人生と何一つ変わりはないではないか。お前はそこに永年のサラリーマンの悲しい性を感じとりはしないのか。会社勤務というくびきから完全に解き放たれる「現役引退」という好機を、お前はなぜもっと有効・有意義に考察してみようとはしないのだ ―  

柾樹は、突然聞こえだした正体不明のその声に驚きながらも、すぐさま反論した。

「そもそも単身勤務の地で退職日を迎えるサラリーマンなら誰だって真っ直ぐ自宅に帰るものだろう。そこにどんな思いや考えを巡らせろと言うんだ。何よりその日の来るのを心待ちにしている家族のためにもまっしぐらに自宅に帰るのが単身赴任者のつとめじゃないか。一体そのどこが条件反射的なんだ、どこが悲しい性なんだ」

 柾樹のこの反論にその声はそれ以上何も言わず、柾樹もまたそんな声が聞こえたことなどそのまま忘れ去っていた。

 が、しばらくすると再びその声が柾樹の耳元に届いた。今度は、単身赴任者として迎える企業人最後の日ならではの「固有の価値」をそんなに疎かにしてよいのか、という視点から問いかけてきたのだ。

― 自宅通勤者が迎える最後の勤務日とは違って、自宅から遠く離れた赴任地で企業人としての最後の日を迎える単身赴任者だからこそ享受しうる「固有の価値」というものに、お前はなぜ気づこうとしないのか。お前は、そんな得がたい「固有の価値」を掌中にしているにも関わらず、まるで思考停止をしたかのように荷物をまとめて自宅に帰ろうとしている。かけがえのない企業人最後の日をそんな無為無策のまま迎えることにお前は本当に平気でいられるのか ―

 前回はにべもなく反論・無視した柾樹だったが、今回の問いかけには何となく心に引っかかるものが感じられ、峻拒の気迫はいささかそがれた。とりわけ「かけがえのない企業人最後の日をそんな無為無策のまま迎えることにお前は本当に平気でいられるのか」という最後の問いかけは、柾樹の胸に深く突き刺さった。仮に、この声を拒否するとしても、自分なりの答をきちんと出して反論した上でなければ、あとで後悔するのではないか、という気持ちがどうしても拭えなくなってきたのだ。

 それでいながら、その声が問う ― 自宅から遠く離れた赴任地で企業人としての最後の日を迎える単身赴任者だからこそ享受しうる「固有の価値」― とは一体何なのか、が柾樹には容易に理解できなかった。

 柾樹にしてみれば、自宅勤務であれ単身勤務であれ、企業人としての終止符がどこで打たれるか、に格別の差異などありはしない、と思う。たしかに単身赴任者にとっては長く留守にしていた自宅に帰ることができる喜びがあることはあろうが、そのこと以上に単身赴任者だからこそ享受しうる「固有の価値」があるなどとは、今の今まで考えたこともなかったし、現に、多くの先輩単身赴任者達も誰一人の例外なく一直線に自宅に帰っていったではないか、という思いだった。

 柾樹は、こんな面倒くさい声に反応すること自体エネルギーの無駄遣いだと自分に言い聞かせ、もうこのことは綺麗さっぱり忘れようと心に決めた。が、何となく心に引っかかるものを拭いきれないまま、もともとこんな謎めいた声さえ聞いていなければ、ただただ東京に帰れることを楽しみにしておればよかったものを、おかげで毎日が次第にうっとうしくなりだしていることに強い苛立ちを感じ始めていた。

 そんなある日、テレビで放映されていた「寄り道万歳」という番組を見るともなく見ていた柾樹は、突然「そうか、そういうことか」と膝を打った。その番組では、人生敢えて寄り道をすることで豊かさや深みを見出し生き甲斐を創造していく「寄り道名人」の生き方が紹介されていて、柾樹はそこからあの声の主が伝えようとしていた意味を汲み取るヒントを得たのだ。

― せっかく自宅から遠く離れた場所で企業人最後の日を迎える単身赴任者なのだから、退職即自宅帰還という路線をオートマティカリーに選択するのではなく、その前にどこか気に入った土地にでも「寄り道」し、しばし気ままな日々を楽しんでからやおら自宅に帰るという選択肢があったっていいではないか。長い一人暮らしに耐え抜いてきた単身赴任者だからこそ、会社の制約から完全に脱却できる退職というチャンスに、「ブラリ途中下車」を敢行するくらいのご褒美を自分の意思で自分に与えたってかまわないじゃないか。あの声はそういう答をこの俺から引き出そうとしていたのだ ― 

 柾樹はあの声が言おうとしていた中身をそう確信した。

 だが、すでに退職の日まで2ヵ月を切りだした状況では、寄り道といったところで所詮は絵空事。自分なりの確信を得たこの答に今さら気がついたところで、それもまたこれまでのサラリーマン生活の中で何度も夢見ては諦めてきた無数の憧れの一つに過ぎず、「そうなればいいな」とチラッと思うだけでそれ以上の行動は起こさずにパスするだけのことだ。柾樹はそう割り切って、淡々と残りの仕事に精を出し、ただただ東京の自宅に帰ることだけにわざと心をフォーカスさせ、あの声のことはもう頭から消し去ろうと改めて心に決めた。

 と、ある日、例の声が再び柾樹の耳を襲った。今度のそれはまるで柾樹の優柔不断を厳しく咎めるかのように大きく力強いトーンで発せられ、柾樹にこう命令したのだ。

― お前はすでに答を出した。その答をこの期に及んでまた夢のままで終わらせてしまう気か。これしきのことにお前はなぜ踏み切れぬ。心に蠢くことは全て意味があるという峻厳な真実を常になおざりにしてきたこの愚か者め。今のお前に時間がないのではない。時間がなくなるのをお前は待っているだけなのだ。『寄り道』という答を見つけ出したのなら、なぜ、その『寄り道先』を考えぬ。お前の寄り道したい場所とはいずくぞ。柾樹よ、今すぐその場所を口に出してこの私に告げよ ― 

 柾樹は、そのあまりの厳しい詰問にたじろいだ。どこでもいいから「寄り道場所」を言わないとこの身に大変なことが起きるのではないか。とにもかくにも自分が住みたいと思う場所を言わないと何か異変に見舞われるのではないか。柾樹は、言いようのない恐怖心に駆られて、思わずこう答えた。

「京都。京都です」

 ひょっとして他にもっとふさわしい地名や場所があったかもしれないが、とにもかくにもそう答えるのが精一杯だった。

 しばらくの静寂の後、再びあの声が聞こえてきた。今度は先ほどの厳しい口調から一転して穏やかな優しいトーンで、こう告げてきた。

― 京都に寄り道をしたいのなら、すぐに行動を起こしなさい。グズグズしているとまた口先願望だけで終わりますぞ。さ、時間がない。柾樹よ、夢を夢で終わらせない最後の機会と心得て、疾く急がれよ ―

 夢を夢で終わらせるな、との声に、柾樹はしみじみと来し方を思い返した。この四十年、夢は無数に見た。中には大いに挑戦してみる価値のある夢も少なからずあった。が、そのすべてに自分は蓋をしてきた。目の前の仕事の大切さを理由にしては自分を殺してきた。それが習い性となって、遠慮する必要など全くなくなるはずの退職後の夢の実現にさえ、自分は現役当時そのままの感覚で臨もうとしている。そんなことで、わが人生というものを俺は生きた、と胸を張って言うことができるだろうか。あの声はそういうこの俺を叱っているのだ。京都に住むということ以上に、そうしたこれまでの考え方や行動パターンを改めよ、と、あの声は俺に叫んでいるのだ。そう思うと、柾樹は、それまでのモヤモヤした思いがすべて吹っ切れたような爽やかな気持ちになった。

 ただ、それにしても、東京に帰る途中の寄り道先として、大阪の隣町である京都と答えた自分に、よくまああの恐ろしい声の主が「バカものめが、近すぎるわ」と不機嫌にならなかったものだ、と思った。

 たしかに、大阪と京都とは正に隣接した都市ではある。だが、そこに住む者にしか気づけない相手方の言葉づかいや発想・考え方の違い。あけすけで陽気に接することを多とする大阪人と、それに嫌悪感を催す京都人。吉本興業・阪神タイガース好きの大阪人と、アンチな思いを宿す京都人。他人との間にバリアを張らず誰にでも古い馴染みのように交わる大阪人と、目には見えないバリアで一線を画することこそマナーと心得る京都人。京の茶漬けを京都人のイケズと見る大阪人と、その意味を汲み取れぬ者は野暮と卑下する京都人。お隣の町同士なのにかくも際立った違いを有しつつ長い歴史を重ねてきた互いに似て非なる両都市。そうだからこそ、大阪からの寄り道にしては近すぎる京都を逗留先として選んだ自分を、あの声の主はすんなりと認めてくれたのではないか ― 柾樹はそんな気がしてきてならなかった。

 だが、あの謎の声の主が、そんな隣接二都市の比較文化論などというちっぽけな理由で京都を寄り道先として是としたのではなかったことを、この時の柾樹は、まだ何一つ気づいていなかったのである。

( 次号に続く )