堀川今出川異聞(9)

いわき 雅哉

 

全山を真紅に染める東福寺の紅葉 撮影 三和正明

全山を真紅に染める東福寺の紅葉 撮影 三和正明

第一章有為転変の幕開け

(3)覚醒の秋 

 ◇ 古都紅葉

 背後からの声の主の顔を見て柾樹が後ずさりしたのは、声をかけてきた目の前の人物が、息を呑むような美人だったからでもあったが、それ以上に、容貌全体を包むどこか中性的で凛とした精悍さに、いまどきの女性にはない雰囲気を感じ取ったからかもしれない。それでいて決して冷たい感じはせず、むしろ以前どこかで会ったことがあるような懐かしく不思議な感覚が柾樹の心を捉えて離さなかった。

 一瞬の間はあったが、柾樹はやや声を上ずらせながら答えた。

「ええ、時代祭は、今日、初めて見たのですが、感動しました」

 その美女は、それを聞いてにっこりと頷きながら、落ち着いた表情で言った。

「感動できるということは本当に素晴らしいことですわ。でも、感動だけで終えてしまっては、あまりにも勿体ないことです。感動したあとに、そこから何を学び取っていくのか。それがあるかないかで、与えられた人生の生き方までもが変わってくるのではないでしょうか」

 柾樹は、その一言を聞いて驚愕した。この人は一体何者なんだ。どう見ても柾樹よりもはるかに若い風貌なのに、いきなりこんな哲学的というか人生訓話的な話をさりげなく持ち出して、笑みをたたえている。時代祭で興奮して、その馬のステップを真似ながら意気揚々と帰路についていた柾樹は、自分のそのあまりにも子供じみた姿や意識の乏しさを振り返って、思わず赤面した。

「そ、そのとおりですね。今後はそのように心がけます。なかなか難しいことですが・・・」

 厳しいことを、自分よりはるかに若い女性から諭されながら、どこかすがすがしく受け止められる不思議な感覚に、柾樹はそう答えるのが精一杯だった。

 すると、その女性は言った。

「秋は秋のものを満喫なさいませ。京の紅葉は今をおいて他にありませんわ。言葉の一つ一つに反応しすぎずに、心を瑞々しく保つことこそが大事ではないでしょうか」

 「完敗だ」- 柾樹はそう感じて歩速を落とし、一緒に並んで歩いているその女性に、「僕は京都には詳しくないんです。どこか紅葉の美しいところに案内してもらえませんかね」と言おうとして、二度目の仰天をした。彼女の姿はもうどこにも見当たらなかったからだ。今しがた、柾樹を驚かせるような会話を交わしていた女性の姿が、音もなく掻き消えてしまっている。柾樹は、もっと一緒にいたい思いで、キョロキョロと周囲を見回してみたが、時代祭から引き上げてくるおおぜいの人々の姿はあっても、肝心の彼女の姿はもうどこにも見当たらなかった。

「不思議な人だ。若いはずだが言うことは凄い。しかもこちらが分かったような顔をしてこう言えば、肩すかしのようにああ言う。まるで達人に振り回されている初心者の扱いだったなあ。それでいて優しい雰囲気とその美しさは並大抵では無い。そういう人って、実際にいるんだ。いやはや参ったな、ほんとに」

 まだ興奮冷めやらぬ柾樹だったが、同時に、あの人にはどこかで絶対に会っている、見覚えがあるのだがどうしても思い出せない、という不思議な気持ちが募ってくるのを禁じえなかった。

 その夜は、日中に見た時代祭の光景と、帰路に出会った女性の凛とした人生観と美しい容貌が、夢の中で去来した。翌朝、柾樹は、「秋は秋のものを満喫せよ」との昨日の女性の言葉に引き寄せられるように、ともかくも古都の美しい紅葉を見に出かけようという気になった。その紅葉の地で、またあの人に会えるのではないか、との淡い期待を、柾樹が抱きながらであったのは言うまでもない。

 柾樹の住む堀川今出川近辺の紅葉の名所の一つといえば、北野天満宮だ。今出川通を道なりに西に向かうとやがて堂々たる大鳥居が目に飛び込んでくる。その大鳥居をくぐって境内に入ると、黄色く染まった幹の先を天空に突き刺すように大きなイチョウの木が聳え立ち、まさしく神域に入ったと言う実感が心の中に広がってくる。

 境内の昼間の紅葉も見ごたえがあったが、柾樹は、夜間照明に照らし出されたもみじ苑の美しさに息を呑んだ。紙屋川の渓谷にかかるもみじの鮮やかな朱と、松や竹の緑とのコントラストの絶妙さ、紅葉の深まりを示すグラデーションの美しさに、柾樹は、夜気の寒さを忘れて見入っていた。

 その紙屋川渓谷のしじまの中で、柾樹はふと北野天満宮が堀川今出川の真西にあることを思い起こし、あの托鉢僧が言った言葉「而してその極意を会得された後は、心して西に向かわれよ」の「西」とは、ここ北野天満宮のことではないかという気になった。

「よし、この境内に、自分が京都で暮らして行く意味を暗示する何らかのヒントが見つかるかもしれない。ちょっと探索してみよう」

 柾樹は、そんな感覚で、お土居の底を流れる紙屋川からもとの境内にまで戻り、何かヒントになるようなものはないかとキョロキョロ周囲を眺め回した。が、夜の帳の中の北野天満宮にはどこか底深い力が宿っているようで、紅葉見物の人たちから一人離れて漆黒の境内をうろつくことなど小心者の柾樹には怖くてできそうになかった。

 わけても境内の一番奥にひっそりと鎮まっている摂社 文子天満宮あたりには独特の霊気が漂い、一人で中に入っていくことなど到底できそうにない雰囲気が充満していた。

 もともと文子天満宮は、大宰府で命を落とされた菅原道真公が、乳母の文子にこの北野の地に自分を祀れとご託宣を下されたという謂れのあるお社だ。そのことが契機となって北野天満宮が建立されることとなったと言われるだけに、そこは道真公の思いが凝縮された格別の場所となっている。そんな場所に、漆黒の闇をものともせずに足を踏み入れる度胸など柾樹は全く持ち合わせていない。「今日はやめておこう」 ― そんな柾樹らしい理屈で、柾樹は、そそくさと北野天満宮を後にした。

 ただ、マンションに戻る道すがら、柾樹は、托鉢僧の言った言葉を反芻して、今日の自分の行動は間違っていたと気付かされた。托鉢僧は、「而してその極意を会得された後は、西へ向かえ」と言ったのであって、極意の「ご」の字も会得できていない段階で、ただこの神社が堀川今出川の西にある、と言う事実だけから何かを期待するという姿勢そのものに問題があることに気がついたからだ。その本末転倒した思いで、この神社の境内に何かヒントが隠されているのではないか、と考えた自分の浅ましさを、柾樹は心底恥ずかしいと思った。

 それから数日後、柾樹は、古都の紅葉の美しさを求めて東福寺にも出かけていった。

 名物の通天橋から見下ろす紅葉のボリューム感と、通天橋を降りて下から見上げる紅葉の天蓋の美しさは、さすがに京都を代表する紅葉の名所と呼ぶにふさわしく、柾樹の悩み多き心は癒された。

 国宝に指定されている東福寺の三門は、現存する禅宗寺院三門としては最古にして最大の威容を誇る名建築で、その雄姿を拝観するだけでもこの寺院を訪ねる価値があるように感じられた。

 そんな観光名所として著明な東福寺だが、精神力の成長と心の安寧を課題とする今の柾樹にとっては、禅宗僧たちが日々修行に明け暮れる現役寺院としてのこの寺の緊張感が境内に漲っている点こそが、東福寺という寺院のかけがえのない魅力であるように感じられた。

 事実、柾樹が訪れたこの時も、大きなお堂から気迫のこもった読経の大合唱が外にまで朗々と響き渡っていた。柾樹はそれを堂外の廊下に腰をおろして聞きながら、心の弱さゆえに早々と東京に逃げ帰ろうとしていた自分を今更ながらに情けなく感じた。

「この先もいろいろと思うに任せぬこともあるだろう。だが、どんなに苦しくとも逃げることなくあの托鉢僧の問いに自分なりの解を出してみよう」― 柾樹は、この東福寺の読経を聞きながら、そう決意を新たにした。

 読経は延々と続いている。いつまでもその唱和の中に身を委ねたい思いを胸に、柾樹は「東福寺よ、有難う」と静かに一礼して、帰途につくこととした。今日、この場に、あの美しい人が現れたならもっと充実感があったろうに、との軽い失望感も感じつつ、柾樹はゆっくりとバス停に向かった。

 東福寺のもみじは、そんな柾樹の心を感じ取っているかのように美しく夕日に映え、やさしく柾樹を包み込んでくれていた。

( 次号に続く )